なぜ、取り込んだ絵は、薄く見えるか

comet/コメット

2008年07月18日 11:49


あるプログで、インワールドへ取り込んだ絵が薄く見える指摘を見かけて、思うところを少々。

SLビュアーが両眼視対応になったら、取り込まれた油絵画像の薄さは、ますます際立つでしょう。
三次元空間に平面を置いて、初めて厚みゼロの異様さが現れます。
人間(前方二眼動物)が、奥行きを認識する方法は、優先順に、
 1.頭が振れたときの(時間的)視差、
 2.両眼視差
 3.眼球の焦点調節に伴う筋肉の緊張
です。優先順位は、視差の大きさに比例しています。

SF映画定番(MATRIX!!)、敵機や戦況がディスプレイの中でぐるぐる回りながら表示されるのは、「頭が左右に振れたときの視差」に準じた方法で見せているわけで、これはSLビュアー現状でも同じです。

こんな視覚心理学の学生向け実験教材が有ります。小窓から覗くと、取りあえず対象物2個の遠近が解る。ところが、のぞき窓を自分の目と一緒にスライドさせてやると、突然遠近が逆転してしまう。近くのマッチ棒は荒い質感の材木のように拡大されて遠のく。遠くのタバコの箱は、人形の家の小道具のように縮小しながら迫ってくる。止まると夢から覚めたように、また遠近・大小が元に戻る。
この手品では、窓のスライダーと対象物が連動して視差を逆転させます。遠くのものを速い視差(角速度)・近くのものに遅い視差を与えているので、優先順に従い、脳は「頭が振れたときの視差」で視界の遠近を解釈します。

SLビュアー・カメラをマウスで振っても、同じ遠近の解釈が成り立ちます。

では、なぜインワールドに取り込まれた絵が、突然のように薄く見えるのか。美術全集やハイビジョンで見ているときと比べても、奇妙に薄く見えてしまう。

私なりの答は、「インワールドでは、厚みが有るから」です。

厚みの無い世界では、薄いか厚いかは、解釈のしようが無い。ハイビジョンや美術全集向けに複写された絵は、二次元の中に二次元の絵を入れてあるので、厚みも薄さも見えません。見えないと言うよりは、認識する状態に無い。厚みを問う情報形式に無い。ここで問われたり感じたりする厚みがあるとしても、例えるなら「人格の厚み」のような厚さでしょう。

緑内障は視野が欠ける病気です。恐ろしいのは、視野の欠落が見えない、欠けていること自体が、見えないことです。だから自覚が遅い。欠けた視野が黒く見えることは無い。なぜなら、黒く見えるのは、黒が見えるからで、視神経が麻痺した部分では、黒とか暗いとか惚けたとかの認識も無い。

SLの複製画に比べて、印刷図版の薄さが認識されてこなかったのは、それが純然と二次元で完結した領域だったからだと思います。


取り込み後の人為的な加筆で、光沢を付けたり凹凸を施すのは、観光土産のような粗悪品になりがちでしょう。木の板に薄く滑らかに塗られたはずのモナリザを、荒い布にプリントして木枠に張り、透明ジェルやプレスで絵具を厚々と見せ「原画を忠実に再現」と称する。そのような発想が、ギャラリー多数派であることも、事実です。決まって彼らは「ビジネスでは、絵画を、一般の人にも解り易く見せなければ」と言う。

油絵が厚くなったのは、油絵の歴史500年の内せいぜい最近1世紀半のことです。自分にとっての「絵らしさ」が、より客観的な意味での絵画たり得るかどうかが、ここで問われると思います。